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1948 |
群馬県高崎生まれ 高崎高校卒業 |
1968 |
北海道大学入学 在学中茶道部に所属し茶器に魅せられる |
1971 |
焼き物の道に進む決心をし同大学を中退 京都工芸繊維大学窯業科入学 |
1974 |
河井 寛次郎氏の甥でその流れをくむ 河井 武一氏に師事 |
1976 |
大学卒業後正式に弟子入りし、 京都 五条坂最後の登り窯にてその技術を学ぶ |
1979 |
信楽にて一年間轆轤師として修業 |
1980 |
独立 |
1981 |
大津市山奥に薪による単窯を築窯釉物と焼き締め 「信楽焼」の製作を平行して行う |
1984 |
岩手県遠野市の万世の里に招聘され移住 半地上式穴窯を築窯 宇野千代氏により「平常窯」と命名される |
1986 |
韓国を旅行中慶州で再現されている須恵器に出会い 強く魅了される。 帰国後半地上式穴窯による炭火焼成を試み独自の 須恵器様焼き締めを完成させる。 |
1990 |
群馬県倉淵村(現・高崎市倉渕町)
に居を移し、 |
