日本の焼物の歴史の中で最大の革命は、須恵器である。
縄文土器・弥生土器・工師器と、約一万年続いた「土器時代」の後、本格的焼き物として登場したのが「須恵器」である。ではそれら土器と須恵器はどう違うのか。第一に、土器は「野焼き」という窯無しで焼くが、須恵器は初めて窯を使って焼いた、という事である。それによって、焼成温度が飛躍的に伸びた。第二に、初めて轆轤(ろくろ)を使った事である。造りが薄く、精緻になった。
だが、須恵器の本質は別の所にある。須恵器は最も原始的な「穴窯」で「燻べ焼(くすべやき)」という技術をもって焼かれる。窯内が1100℃〜1300℃の高温のもと一気に空気を遮断する。空気の逃げ場を失った窯内で、土中の鉄分が化学変化を起こし、赤褐色の土肌が、須恵器独特の渋い灰黒色に変わるのである。
私の焼物は、この古代人の知恵による革新児としての須恵器に遡る。もっとも原始的な穴窯と、燻べ焼という技術を用いつつ、再現としての須恵器ではなく、現代に生きる焼物としての須恵器にむかっている。
悠久の時が流れ、我々の母体・地球が生まれる。
赤々と熔けたマグマも、時に支配され、時に委ねられて冷却し、岩石となる。
その過程は、まさに須恵器の焼成に似、酸欠状態(強還元)で行われる。
岩石はやがて地表に出て風化する。
水に流され、永い時の中で堆積し、粘土となる
私にとって焼物造りとは、この粘土をもと岩石の戻してやる行為だと思っている。粘土にほんの少しだけ人の手を加え、形造ってやる。火の洗礼を受けることによって、粘土はマグマと化す。酸欠状態で冷却された後、生まれる器−−−それが、私の須恵器造りの本質である。 私は、私の焼物の中に、古代からの脈々と流れる「血」を縦糸とし、今に生きる「呼吸」を横糸とした命を織り成してゆきたい。時代を越え、国を越えた焼き物を造るのが私の使命だと思っている。
